QLOOKアクセス解析
Analog Synthesizer Lecture
Shopping, Education and Fun!

クラシック/ジャズ/ロックの音楽理論(4):

 初期の旋法が体系化された当時のギリシャは、科学/宗教/文化の中心地でした。学者達は星の正確な運行、数の持つ不思議な意味、音の規則性等を結びつけて宗教としていたようです。音の規則性は、例えば弦の半分の位置を押さえて鳴らすとオクターブ上の音が鳴る、といった事です。


古代ギリシャで科学が宗教的な事柄と結びついていた話は、この本を読むと面白いですよ!

 

 ギリシャで旋法という概念ができ、それが伝承されつつも8世紀頃になると、前ページに書いたように、その名前だけ残した教会旋法が作られます。さらに紆余曲折があって、7種類が教会旋法として生き残ります。これが現代でも使われる旋法となりました。

 

 これは白鍵を考えた時に、ドから始まって1オクターブ上のドまで行く音階をイオニア、レから始まって1オクターブ上のレがドリア、ミから始まって1オクターブ上のミまでをフリギア、同様にファ〜ファをリディア、ソ〜ソをミクソリディア、ラ〜ラをエオリア、シ〜シをロクリアと名付けました。

 

Mode

 

 前記のとおり、イオニアとエオリアは現在のメジャー(長調)とマイナー(短調)にあたります。一般的な曲はこの二つのモードから派生したスケール(長調と短調)で出来ているものがほとんどですが、20世紀初頭頃からドビュッシーのようなクラシック音楽家が、60年代頃からジャズプレイヤーが、再びこのモードに注目し、ドリアやリディア等を使った曲やソロを演奏するようになりました。

 

 ジャズではチャーリー・パーカーあたりが最初にネタとして使い始めた説がありますが、はっきりモードとして扱いだしたのはマイルス・ディビスで、70年代初頭に彼が発表した「On The Corner」あたりのアルバムでは、モード(と民族楽器)を中心にしたジャズともロックともつかない不思議な音楽を作っています。彼のモード導入は音楽的には斬新でしたが、残念ながら商業的な大ヒットには至りませんでした。

 


マイルス・デイビスの「オン・ザ・コーナー」強烈!の一言

 

 後にそういった音楽が洗練され、より一般にも広がるわけですが、そんな中の代表格である、チック・コリアのようなフュージョン系のソロはドリアのモードで演奏されているケースが多く見られます。このチック・コリアは上記のマイルス・ディビスのアルバムに参加していたメンバーでもあります。


このアルバムの Vulcan World のソロは、E のドリアによるソロの典型的な例です

 上記の Vulcan World で使われている E ドリアのモードを以下に示します。ソロに使われている Arp Odyssey についてはこちらを参照

EDoria

 70年代中頃のフュージョン系に E のキーが多かったのは、当時流行ったチョッパーベース(ベースの弦を親指で叩く弾き方)は、楽器の特性上、最低音の E の弦を解放弦の状態で叩くと音も良いし弾き易くカッコ良いフレーズが作りやすかったというのがあると考えられます。

 

 また最近流行の癒し系音楽もリディア辺りを適当に上下すると、結構それっぽい曲が作れます。

 

 話を8世紀に戻しますが、この7つのモードを使った宗教音楽が歌われ始めます。これが所謂グレゴリオ聖歌(グレゴリアン・チャント)というものです。グレゴリオ聖歌はお祈りの言葉にメロディーが付いたものなので、現在の音楽のように拍子がはっきりしていたわけではありませんし、和音やハモりもない単旋律です。例えば日本語風に言うと「主よあわれみたまえ」というような言葉の方を優先してそれに音程を付けていただけの感じで、全員が同じ音程で歌い、伴奏が付いた場合にも歌のメロディーをなぞるだけです。これを表記する譜面も五線紙ではなくネウマ譜という表記方法で記録されていました。今でもトラピスト寺院あたりに行くと、毎朝のお祈りの歌はネウマ譜で歌っているそうです。このネウマ譜の記譜法が現在の五線紙の譜面の書き方の元になっていると言われています。


Amazon でグレゴリオ聖歌を検索すると、元曲に怪しいコード付けた癒し系も出て来るので気をつけましょう!
この CD は正統的なグレゴリオ聖歌です

 

 私は中学から某ミッションスクールに入ったのですが、教会音楽と言ったらクリスマスの「もろびとこぞりてですか?」くらいの知識しかなかったんですが、入学式のミサでいきなりこのグレゴリオ聖歌の日本語版を歌われた時にはカルチャーショックでした。全員が同じ音程で歌っていて、小節の切れ目がハッキリしない上に、オルガンまで歌と同じ音程しか弾かない!「こいつら物凄く下手クソ?」と思ったものです。ま、それだけ新鮮だったわけですが。

 

 現在になってもグレゴリオ聖歌が妙にウケたりするのは、その辺に原初的な魅力を感じる人達がいるって事なのでしょう。



 ←前へ   次へ→